青木 太郎・昭子(農園タロとあき)

農園名  農園タロとあき
生産者名  青木 太郎・昭子
就農した年  2015年
栽培品目  米、西洋野菜、エディブルフラワー
ウェブサイト  農園タロとあき

なぜ農業を仕事にしたのか?

<タロ>

幼い頃から車やバイクが大好きで、車やバイクなどを開発する機械工業メーカーに勤め、そこで農機具の開発に携わってきた。

サラリーマン生活を送りながら、ふと

「農機具を開発している自分が農業を経験したことがなくて良いのか…」

と思い、友人がやっている農業体験のイベントに参加し、そこから一気に農業の魅力にとりつかれた。

平日はサラリーマン、休日は仲間たちと千葉の畑に通い、米や野菜を作っている生活をしばらく続け、気がついたら会社を辞めて、米農家になろうと一念発起して千葉に移住していた。

<あき>

いすみ市の兼業農家に生まれ育ったが、畑仕事の手伝いがつらくて、昔は農家が嫌だった。中学生・高校生時代は陸上(長距離)にうちこみ、将来はマラソンランナーになりたかった。それで、マラソンのトレーニングをしながら続けられる仕事は何かを考えたら、農業が良いと思いついた。

その後、農業大学校に進学し、栽培の技術を身につけた後、千葉県内の農業生産法人に就職。そこでは、梨栽培の農閑期に野菜作りをやっており、次第に野菜作りを任されるようになった。やっていくうちに野菜作りの楽しさにはまった。

また、その頃、食べられる野菜の花(通称「エディブル・フラワー」)にも出会い、無農薬で自分の個性が出せる野菜を作りたいと強く思うようになった。

なぜいすみ市を選んだのか?

<タロ>

最初は一人で千葉県香取市に移住して農薬や化学肥料を一切使わずに米づくりをしていた。人のご縁で今の奥さんである昭子と知り合いことができ、結婚を機に昭子の地元であるいすみ市へ移住した。

<あき>

もちろん、自分の実家があって農業を始めやすそうと思ったからというのが一番先にあった。

また、地元に戻れば農地も比較的容易に集められそうという思惑があったが、これは帰ってきてみてとても大変なことだと気づかされた。今でも、条件の良い農地を探し回っている。

上記の理由とは別に、いすみ市にはすでにたくさんの移住者や面白いコミュニティが存在しており、東京のほうからもたくさんの人が訪れるようになっている。自分が外に出ていかなくても、人が求めている野菜をしっかりとつくってさえいれば、逆にいすみの自分の畑まで人が来てくれるし、そういった人々に直販形式で野菜を売っていくという風にビジネスしていきたいと思っている。

計画、夢や目標などを教えてください

すでに取り組んでいるが、いまレストランやビストロのシェフたちに旬のお野菜を定期的に箱詰めして送っており、それがとても喜んでもらっていて、このやり方で営農がうまく回っていくようにしていきたい。

畑を広げるには限界があると思っているので、“自分らしい”野菜を売りにして、それをあえて買いたいと思ってくれる人のために野菜を作っていければ、と思っている。

いすみ市では、移住し農業にチャレンジしたい人を応援しています。詳しくはこちらのページをご覧ください。